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広島家庭裁判所三次支部 事件番号不詳 決定

少年 N(昭和一九・二・一六生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

一、昭和三十三年三月上旬頃の午後四時頃、広島県○○郡××町大字△△字××、○○母子寮においてA(当十年)に対し藁繩を五~六回巻きつけて通路の柱に縛りつけ以て暴行を加えた。

二、同年三月下旬頃の午後四時頃前同所において些細なことからB(当八年)の顔面を殴打した。

三、同年四月頃の午後四時頃、前同所において些細なことからC(当八年)の頭部を殴打した。

四、同年五月一二日午後五時三十分頃、前同町大字△△字××旧○○○○区裁判所玄関入口左側の庭に於て砂山を作つて遊んでいたD(昭和二八年二月七日生)に対し、いやがらせの為足でその砂山を蹴り飛ばした処、同人が「Nの馬鹿」「がんぼう」(不良の意)と悪口を言つたので、同人を前記裁判所北側の便所寄り空地迄追いかけたが、同人が逃げながら前同様の悪口を言い続けたので激昂し、同所で拾つた長さ一米八〇糎位、真径三・五糎位の枯竹を両手で持ちその一端で折から逃げるのを止め立止つていたDの側頭部を二回にわたり突いた処、同人はその場に転倒し人事不省となつたので、その処置に窮し犯跡を隠そうと直ちに同所より同人を背負つて○○区検察庁の裏庭を経て○○神社参道より雑木林内の急坂路を登り通称○○旧二の丸跡のやや平担な雑木林内に運び、そこに仰向けに降したが、その際同人が手を動かした様に見えたので、まだ生きていると認め、これ以上苦しめない様一思いに殺してやろうと決意し、附近にあつた石塊を両手にもち同人の頭頂部を強打して脳挫滅創を与えその場で同人を殺害した。

(罰条)

一乃至三につき刑法二〇八条

四につき刑法一九九条

(処遇)

少年の非行時及び現在の精神状態に特に異常は認められない。性格面では自己中心性、劣等感、侵攻性が認められ協調性に乏しく、爆発性が極めて顕著である。

欠損家庭(父親は昭和二〇年に戦死、四才の時より母子寮で生活する)に育つたことと長期病欠(昭和三二年六月より一二月まで粟粒結核で入院)がその人格形成に影響を及ぼしたものと推測される。

前記の各犯行はいずれも動機らしい動機を有しておらず、前記外にも暴行脅迫等の行為のあつたことが認められるが(昭和三三年六月四日付送致事実中、司法警察員作成の犯罪一覧表二、六の脅迫、暴行の行為は一四才未満当時のものであり、三、四、五の各暴行の行為は、少年は一覧表記載の日時になしたものであると供述するが、被害者はいずれも一四才未満当時の日時を供述して喰違い他に一覧表記載の日時であつたと認めるに足る資料はない。)これらも同様であり前記性格面の欠陥によるものと認められる。

母親は失対人夫として働き、少年に対する保護は不充分であつたし、少年もその監督に服さず虞犯性は顕著であつた。在宅保護ではその効果に期待が持てない。幸に鑑定の結果によれば左肺浸潤があるが既に固定化しつつあり、伝染の虞もなく過労をさければ特別の医療も必要とせず完治可能で、神経症的症状も消失しつつあり、人格の偏りも改善可能と認められるから、年齢も一四才で就学中でもあるので、初等少年院に送致し、特に上記の身心の欠陥に留意しながら矯正教育を施すのが相当であると考える。

(主文に対する適条)

少年法二四条一項三号、少年院法二条、少年審判規則三七条一項

(裁判官 村田晃)

別紙一(少年Nに対する西本技官の意見書)

左記事項についてNの鑑定を命ぜられたので昭和三十三年六月十九日から現在までの間広島県○○郡××町△△△△病院(元××荘病院)に於て留置し、詳細に観察を続け、諸種検査を実施したが、中間報告をすると主文のようになる。

一、非行時及び現在の精神状態

二、粟粒結核の現症及び後遺症の有無

三、若し異常あれば、治ゆの可能性、其他処遇上参考となるべき事項。

鑑定主文

一、現在の精神状態及び非行の状態も精神病的ではないが、神経症的であり、性格が内向的で積極的に類型化すると分離性々格が著しく、年少者の割に性格が特徴的である。性格形成の途上に在り、思春期特有の心理も手伝つているが、非常に神経過敏でデリケートな神経の持主かと思うと、案外で自己主張も強く、甚しく短気である。

医学的に言えば、内向性強く、乖戻、超然、内気、無口、憤怒性等から成る類分裂症性々格の傾向が認められる。

分裂病的性格者が物事、人事に対し冷情を示すことは特色で、憤怒や激情により極度の惨忍性を示すことも周知のことであるが、単純な動機であつたにも拘らず少年の性格及び神経症的状態が常識以外の想像出来難い非行を示したのもこのような理由であろう。

二、粟粒結核があつたものと思われ、現在も打診、聴診上は勿論、X線所見によつても残遺症状が軽微であるが明療に認められる。

治癒の可能性は充分にある。

少年の心理には幼時からの身体的劣等感が強く影響しているのであつて、父親の居ないということも加えて少年の性格に強い影響を与えているであろう。結核に罹患してから極度に神経症的となり思春期の反抗心とあいまつて少年の心理をかなり病的にしていたと考えられる。

三、精神状態、身体症状共に治療の必要あり、既に鑑定留置中の医学的取扱いと精神治療的処置により次第に改善される方向に在るように見られるので、非行そのものから離れて病的なものを処置することが先決問題であるまいか。

又、精神発達の途上にあり、思春期に入つたばかりの少年であるので、不遇な境遇から来た人格の偏りも改善可能であるから責任能力に於いても低い段階にある医療矯正が最も適当ではあるまいかと思料される。

以上、簡単に現在までの観察及び検査の結果を中間報告として鑑定した。続いて検案を行い鑑定書を作成する予定である。

別紙二(少年Nに対する鑑定書)

鑑定事項

一、非行時及び現在の精神状態

二、粟粒結核の現症及び後遺症の有無

三、若し異常あれば治癒の可能性其他処遇上参考となるべき事項。

鑑定主文

一、非行時及び現在の精神状態はほぼ正常とみられ、医学的に意識も正常であると認められる。又精神障害者とは言えない。即ち、法で謂う心神の常況は正常であると考えて大過あるまい。

二、粟粒結核という既往症の後遺症状が認められ、現症としては左側肺浸潤が明瞭であり、当分の間は身体的過労を避ける必要があると思うが臥床するまでの必要はないと思う。

三、少年は心理学的に内向性々格、分離性々格と言われる特徴あり、思春期という微妙な心理も併わせて人格形成の上で相当考慮すべき重要な発達期にあたるので境遇からも又身体的疾患の既性歴からも取扱い及び処遇の上に慎重さが望ましいと考える。

人格の偏奇も胸部疾患の恢復も充分に可能であるが取扱や処遇に対する総ての考慮が払われてのことである。

鑑定理由

一、詳細ではないが、遺伝歴、家族歴等で特記すべきものはないが、実父を幼時期に失つているから其後の精神発達の上に若干問題があつたかも知れない。

粟粒結核と診断され治療を受けた頃から少年は諸種の心的軌轢を生じ、所謂神経衰弱様の心理状態に陥つていたものと推察出来る。

結核性疾患の患者では特に精神的動揺が多いが、その心理的特徴を一般論的に示してみよう。心気症的傾向、自己中心性、依存性、暗示性、猜疑心、反抗心、劣等感、愛情の欲求、攻撃性、気分の易変性等が挙げられる。少年の心理では、ただでさえ思春期という危機にあたり父親の居ないことに由来する不満な気持や劣等感が働き、身体的劣等感が急激に増大したであろうと推察される。尚夜尿が最近まであつたという。

二、性格の特徴を見ると、先ず内向性強く、無口や交際嫌いの社交性の乏しいのが目立ち、短気、憤怒性、乖戻、矛盾、超然等の特徴がある、又神経質であまのじやく、つむじまがり、ひねくれ等に通じる劣等感補償作用も考えられる。

少年の性格を積極的に類型化することは困難であるから一つの傾向として考えると分離性気質、分裂病気質の名称で呼ぶことが可能である。この点で十四才という年令にしては特に著しいとも言えるわけである。

三、現在の精神状態を観察するに、今述べたような性格特徴あり、又、鑑定留置期間中の前半に於ては態度が平静ではあつても円満な対人関係を作るということが下手で、疎通性も良好ではなかつた。数回の精神分析的処置により次第に疎通性が高まつて行くのが分る。表情が稍々固く応答が固く、疎通性の不良が明瞭で他人との共同作業を避る傾向も認められた。

この種の人格では行動が突飛で理解に苦しむことが多いが、この少年の言動も、非行時の状況にしても年少少年に不相応な印象を与える。特に非行の動機が極端な程単純で、偶発的で、非行の手口が相当惨忍で、しかも相当長期間非行の事実を隠し且つ現在の心境も常識的に完全とは言い難い点等はこの種の性格ならではとの冷情性を思わせるに充分である。

思春期に於ける自己と世界との矛眉、撞着等、大人や社会への反抗心等、諸種の少年期或は幼時期にさかのぼつての欲求不満に由来するコンプレックス等が少年の性格との関連に於てその非行へと発展したものと了解される。

尚、精神医学的に問題となる幻覚、妄想、記憶障害、指南力障害、知能発育制止等は全く認められなかつた。

四、身体的症候として全身倦怠感、頭重、軽度耳鳴、眩暈、動悸等を訴えているが、胸部レントゲン撮影によると左側肺に浸潤が認められ聴診、打診上も結核性浸潤と思われる。又呼吸音組雑、延長、打音短縮等が全般に認められる。血液沈降速度も正常値より稍々大である。

以上は既往歴にある当時の栗粒結核の後遺症として考えられ、耳鳴は治療の副作用によるものかも知れないが、其他の自覚症と併せて精神症としての症状ではあるまいかと考える但し次第に症状は消失しつつある。

既に説明したように諸種のコンプレックス及び欲求不満に思春期の心理も手伝つて所謂神経症ノイローゼに陥つていたものであろう。

しかも現在においては非行を経験しているので複雑な心的葛藤も影響しているものと想像される。

五、犯罪とは刑罰の制裁を付したる有責違法の行為で、一般社会の安寧秩序を乱すところの非行である。刑法にも認めるように少年には責任能力が充分でないのであつて、少年や児童の行為に反社会的不道徳的なものが多いことは誰しも認めているところである。

少年犯罪及び不良化現象は簡単に言えば少年の世常生活からの逸脱であり、社会環境に於る疾病である。精神医学ではこれを精神の疾患としての範囲に入れ所謂心情病、変質傾向として取扱い考察し治療をするのであるが、児童心理、精神発達の研究を基礎とするのである。

Nは十四才という年少少年で発達途上にあり、人格形成の始まつたばかりとも言える時期であり「理由なき抵抗」の時期でもある。ましてや時代性ともいうべき所謂ロー・テイーン・エージャーでもあり、既に説明したようなコンプレックス及び欲求不満が性格と相まつて単純な動機で、憤怒性激情性行為を現わして来たものと考えて大過あるまいから、徒らに非行の社会的重大さにとらわれず、少年心理の特殊性に立脚し、少年の人格形成に有利で且つ心的外傷として少年の心の奥底に残らぬような処遇が理想論的であるが切望される。

以上、多少意見を加え主文のように鑑定した。

(昭和三三年七月一四日鑑定人医学博士西本順次郎)

別紙三(少年Nに対する鑑定書の追加)

診断及意見

追加事項

一、粟粒結核の現症及び後遺症の有無

二、若し異常あれば治癒の可能性、其他参考となるべき事項。

右事項に対して追加意見を述べると次の通りである。

一、胸部レントゲン撮影により左肺に浸潤と思われる陰影が認められ、聴、打診上も同様浸潤を思わせるが、現在の所見は既に一、二年を経過し、固定化しつつあるものと認めて大過あるまい。(伝染性は全く心配いらない)自覚症及び他覚症に他に特記すべきものもなく、現在身体状況は全般に良好で、軽い作業も可能である。

鑑定初期に考えられた神経症状も現在では消失し、鑑定書に記述したように欲求不満から来た症状であつたものと考えられる。

二、既に現在では治癒しかかつているので、今後、精神身体に過労を与えないように生活すれば完全治癒は可能であり、現在特に医療を加える必要もあるまい。

尚、性格的問題は以前と同様である。

(昭和三三年七月一七日 鑑定人 西本順次郎)

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